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yoshiko's colorful life -growing diary☆

都内在住ワーキングママ yoshikoが、セミナー、様々な人との出会い、本などから学んだことをアウトプットして行動を変え、日々目標管理に励みながら、キャリアや人生のゴールを目指す日々の奮闘を書きます!今の興味は知財でのキャリアアップ(企業内弁理士)、キャリアと育児の両立、英語、子育て、国際交流、地域交流、セミナー情報等。お問合わせはこちらから☆https://ws.formzu.net/fgen/S86050461/

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yoshiko's colorful life-子育てdiary☆

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医者いらずの食:ブックレビュー☆食べることを真剣に考える

食べることを真剣に考えた本

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一部過激なところもあり、すべてに賛同するわけではありませんが、

「生きることとは食べること」

「自分の食と生活を大事にする」

 

枝葉ではなく、根本を考え直すきっかけを頂いた本でした。

医者いらずの食 (veggy Books)

医者いらずの食 (veggy Books)

 

心に留めておきたいことを書きます。

 

枝葉ではなく根本的なことを考える

重要なのは常に根本的な問題では、 原因であり、 理由あり、原理であり、道理である。
当然食に関しても原理があり、道理が存在する。
そしてそれは栄養学や食性学などという枝葉の問題ではない
もっと根本的なものである

 

生きることと食べることは直結している

生きることと食べることは直結している
食べ物は単に肉体を構成するだけではなく、 精神面でも深い影響を及ぼす
それは食べ物に含まれる栄養やエネルギーだけでなく、 食べ方そのものに関してもいえる

 

大事なのは自分で調べて自分で決めること

大事なのは自分で調べて自分で決めること。

自分で調べない限り必ず不健康になり、 不幸になる

誰かに洗脳されることなく、 常に勉強と研鑽を続け、自分に合った健康になる方法を模索することが最も重要

 

我々の身も自然に返す

我々人類にできることがあるとすれば、 感謝して食べることと同時に、 死すべき時に死に、 我々の身を自然に返すことである


人間は自分が食べられる存在であることも自覚することだ
それはつまり死ぬ時が来たらあまり悪あがきせずにポックリ死に、 寄生虫や細菌に食べられて土に戻るということの重要性である


そうあることで我々は初めて自然の中で何かを食べることは許される
「いただきます」という言葉は命をもらうことへの感謝の言葉であり、それは逆説的に言えば、 自分たちもいつか何かで命を差し出さねばならないのである

 

食に対する「正の不存在」

食というものは一つの理論によって規定されるものではなく、複数の理論や複数の概念が成立する


すなわち食に対する「正の不存在」だ
科学的にこちらの食べ方が良い、 こちらの食べ方が素晴らしいと主張すること自体が馬鹿らしい

 

体の声で食事を選ぶ

大事なのは脳で食事を選ぶのではなく、 体の声で食事を選ぶということ


選択はあなただけの権利であり、仮にその権利を及ぼすことができるとしたら親子関係ぐらいしかない


ただしその時には理論だけではなく、直感を重視すること
あなたの体が動物性食品を避けているなら避ければいいし、 そうでない方が肉体的にも精神的も健康であれば食べれば良い

 

身土不二

草食系、 肉食系どちらの理論が正しいということではなく、 土地柄や季節休んでいる人々に合わせて考えることが大事


生命倫理の中で感謝しながら食べていればそれぞれを満たす栄養学が存在するため双方とも長生きで健康であるという理屈は当然成立しうる

 

よい油を食す

サラダオイルやキャノーラ油のようにトランス脂肪酸が入っているものではなくココナッツ油など飽和脂肪酸をほとんど含まない油を選ぶべき


オリーブオイルも注意が必要


安いオイルを大量に買ってその後病院でお金を使うより、 ほんの少しましな食材にお金をかけるほうが最終的に出費を抑えられる

 

健康になりたいなら調味料から

健康になりたいなら調味料から
それほど値段が変わらないのとすぐに実行できるから

 

健康な食事はこれ

大盛りサラダを毎日食べる
少なくとも半カップの豆類を調理して食べる
三つの生の果物を食べる
少なくとも28g のナッツを食べる
少なくともサラダボウルいっぱいの緑色野菜を料理して食べる

 

食することは生きることであり、生きることは戦うことである