yoshiko's colorful life -growing diary☆

都内在住ワーキングママ yoshikoが、セミナー、様々な人との出会い、本などから学んだことをアウトプットして行動を変え、日々目標管理に励みながら、キャリアや人生のゴールを目指す日々の奮闘を書きます!今の興味は知財でのキャリアアップ(企業内弁理士)、キャリアと育児の両立、英語、子育て等。

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自分を信じて生きる:インディアンの方法☆ブックレビュー

 忙しいからこそ、丁寧に生きていきたい

そんな時に心にしみる言葉をたくさんいただいた本でした。

自分を信じて生きる―インディアンの方法

自分を信じて生きる―インディアンの方法

 

心に止めておきたい言葉たちを書いておきます。

  • すべては正しい時に正しい場所でおきる
  • たくさんのつながりの中に私はいる
  • 矛盾はあっていいんだよ
  • 言葉にはスピリットが存在する
  •  受け取るのではなく、受け入れる
  • getすることに固執せず、giveする
  • エネルギーを自分の内側に向ける
  • ゆっくり歩き、静かに耳を傾け、しゃがんでみる
  • 自立と依存が一本の「生命の木」に同居している
  • ヘルプメッセージを出せなければ本当の自立はできない
  • 「今ここに目の前にいる人のために」自分ができること
  • 子供たちは大切なことをちゃんと知っている
  • 今日は死ぬのにもってこいの日

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すべては正しい時に正しい場所でおきる

全ての行動は時間が先に決められるのではなく、正しいときと正しい場所に行われるもの
今起きていることに逆らったり悪あがきをしたりすることではない


しかし受け身ということとも少し違う
自分の人生の上に起きる試練は試練として受け入れる

謙虚さを失った人は自分の力でそれをコントロールし排除したりしてを向けようとする

 

ハートが判断を下して良いよ覚悟が決まった時に行動に移す

 

たくさんのつながりの中に私はいる

現代に生きる僕らは少なからずどこかに孤独感を抱いている

 

組織や集団があるがゆえに、そこに関われないか変われない自分のことを孤立していると感じてしまう


今ここにいるあるがままの自分が、ここにある他の生命に触れてみる、 聞いてみる、 見てみる、 感じてみるという感覚的な出会いをどこかに置き去りにしてしまっているから、目の前の生命の存在に気がつかない。

たくさんのつながりの中に私はいる

これに気づくことが最も大切

 

矛盾はあっていいんだよ

あるべき自分とあるがままの自分とのギャップに苦しむケースがある

この状態では生きることへの不安や恐怖は常に行きつきまとい元気がなくなって生命の輝きを失ってしまう

それはとても苦しいことだ

 

自分がそうかもしれないと思ったら、あるがままの自分に耳を傾けそれを自分で受け入れて、こうあるべきこととの間で折り合いをつけて行って欲しい


矛盾はあっていいんだよ

 

言葉にはスピリットが存在する

言葉というものは響きだ

響きには魂が宿る

言葉はスピリットと同じ意味を持つ
言葉というものはたった一言で人を勇気づけることもできるして落ち込ませてしまうこともできるのは、そこにスピリットが存在しているからだ

 

受け取るのではなく、受け入れる

受け取ることと受け入れることは異なる
受け取るという言葉の中には賛成するとか正しいという自分の判断がどこかに入っている

自分の判断を加えずにまずは人の話を丸ごと受け入れる

そうすれば同意する必要ないし判断を加える必要もない

 

getすることに固執せず、giveする

人はgetすることに固執すると心が消耗する
Give することで心の中の大切な何かを本当は得ているのだ

僕らが持っているエネルギーの60%ぐらいは対人関係に使われている。

 

エネルギーを自分の内側に向ける

対人関係で行き詰まる人はおそらく90%以上はそれに費やされて言ってるともいいだろう
自然の中で一人きりになるということはそれをゼロにしてしまうということだ


ほとんどのエネルギーはそれ以外の方向へ向かわざるを得ない
普段対人関係に使われているエネルギーが自然のささやきに耳を澄ませることや、自分の内側へと向いていく
そうすると心の深い部分から自分の求めるビジョンがやって来る

そうして自分で得たビジョンが信頼の柱となっていく

 

ゆっくり歩き、静かに耳を傾け、しゃがんでみる

フォックスウォークをやる


まずはゆっくり歩く
次に黙って静かに耳を傾ける
最後にしゃがんで見て視点を変えてみる

この3つを意識して森の中に入っていくだけで感覚のチャンネルは、都会で急ぎ足で歩いていたときと完全に切り替わり、視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚などの五感が研ぎ澄まされる
それらが総合的に働くようになると第六感である直感まで働き始める

 

自立と依存が一本の「生命の木」に同居している

インディアンが理想とする人の生きる姿は「生命の木」という言葉である
それぞれの木が、宇宙の中でかけがえのないただ一つの個性的な生命を持ち、それぞれのミッションを持って生まれてくる
生命の木は一本の木として自立しながらも、他の様々な生命と関わり合い、移動し、つながりあって生きている


つまり「自分で立つこと」(自立)と「依存し合い支えあうこと」(関わりの中で生きる)という相反するような2つの要素が、一本の木の中に同居しているのだ

 

ヘルプメッセージを出せなければ本当の自立はできない

人生の旅の中で困ったことにぶつかったり、どうしようもなくなったら、助けてくれ!とヘルプメッセージをだしていいんだ


人は自立しようと思ったらちゃんと ヘルプメッセージを出せなくてはいけないし、そうしないと本当の自立はできない

そしてもし、自分が誰かのヘルプメッセージを聞いて、その人のために何かできるなら、出し尽くせばいい

 

根のない木は 立たない

一人一人を一本の木とするなら、僕たちは人の森で生きている


またこんな言い方もできるかもしれない
幹や枝葉の部分が目に見える日常なら、根っこは目に見えない感情や無意識の部分だ


自分の内なる声が聞こえてくるところと言っていい
根がしっかりはっていなければ、どっしりとした木を支えることは
根のない木は 立たないのだ

 

ビジョンとは生きる指針であり自分の中心

ビジョンとは生きる指針であり自分の中心だ
それは夢や自然現象や言葉や詩や歌に、サインとなって現れる
サインは、今ここの自分の内側から発せられる声だ

 

「今ここに目の前にいる人のために」自分ができること

今目の前で親戚が困っていたら助け
今目の前にいる子供達の幸せを考える
いま自分に繋がってる人を大事にする


遠い先のことを考えるのではなく大それたことを夢見るのではなく

「今ここに目の前にいる人のために」自分ができることを与え尽くそんな生き方も大切にしたい

 

まさに「今ここ」を生きている子供たち

子供達は未来を不安に思うことな過去を後悔することもなく、過去を後悔することもなく、まさに「今ここ」を生きている。


「今ここ」には、大きな宇宙、素直な自分の表現を受け入れる包容力がある


過去を過去の意味のまま留めてしまう大人とは違い、子供は今ここに生きていて、過去と今を自由に繋ぎ、過去に新しい意味をも吹き込むのだ

 

本当は「今ここ」という瞬間瞬間に、幸せになる種や、元気になる種はいっぱい落ちている


それを一番知っているのもやはり子供なんだと思う

 

子供たちは大切なことをちゃんと知っている

子供たちは自分たちが生きていく上で大切なことをちゃんと知っているように思う


そのひとつは自分がお父さんやお母さんのことを大好きと思うこと
お父さんやお母さんが自分のことを好きかということだ

 

例えばお母さんに怒られた子供がごめんなさいごめんなさいと謝っている
しかし後からその子供になんで怒られたか覚えていると聞いてもほとんど覚えていないはず
怒られた理由は子供にとって過去のことだから大して興味がないのだ


ただ子供達はお母さんに笑ってほしいだけ
結局子供にとっては今お父さんやお母さんは自分のことを好きかどうかが最大の関心だし、重要なことなんだ
だから昼間どんなに怒られたとしても夜寝る前には両親の本を読んでもらったり、お話をしてもらうことが大事なんだ


お父さんやお母さんは自分のことを好きなんだと直感できる


子供はお話の内容が聞きたいのではなく心地よいリズムや声を通して親の愛情を受け取りそうして安心して眠りにつくことができる

 

今日は死ぬのにもってこいの日

インディアンの言葉で「今日は死ぬのにもってこいの日」というのはある
大事なのは、毎日毎日今という時を今日が死ぬ日だといつでも言えるぐらい楽しみ、生きなさいということ

 

私はこの大きな宇宙の中で生まれたたった1つの生命


夜空いっぱいに広がる星の下で自分がここに立っていることをゆっくり深呼吸しながら味わうと、自分が今ここに「ある」ことはどんなに素晴らしいことなのか瞬時に理解できる


そして僕を取り巻くひとつひとつの生命が本当にかけがえのないキラキラした存在なのだということがわかる